それぞれの「私のつらさ」

山下弘彦50代男性

震災時居住地:鳥取県

現居住地:鳥取県

タグ: 宮城 地震 津波

震災から数年後、宮城県の内陸部で地域の見守り活動の話をする機会をいただいた。
震災で大変な思いをされた地域だったが、震災のことにはほとんど触れず、それでもなお地域で支え合うことの大切さを共有したかった。
終わってすぐ、一人の高齢女性が目を真っ赤にして寄ってこられた。


沿岸部に住んでいる姉がヘリコプターで救助され助かった。その姉から度々、泣きながら電話がかかってくる。
周りの方から「助かってよかったね」と声をかけられるのが、「助からなかった子どももいるのに…」とまるで助かったことが悪かったかのように聞こえてしまう。
わたしもつらい、でも家族や身内の方を亡くした方のことを考えると、つらいと言えない。

「私もつらい」って、姉も口にしていいんですよね?今日の話を聞いて、誰が誰よりも大変と比べられない。それぞれに大変さがある、それをわかり合うことが大切と言ってもらえて、救われた思いがする。

今日は少し暖かかったね、今日は何を食べた?、花が咲いたよ、隣の人とこんな話をしたよ。
今ごろはお姉さんと、電話でそんな話ができているだろうか。
お姉さんが「助かってよかった」と思えるようになっていれば、と願う。