3.11に寄せて

30代男性

震災時居住地:神奈川県

現居住地:神奈川県

タグ: 宮城 福島 津波 原発事故

被災者自身が私は被災者ですということはあまりない気がする。受けた傷を誰が見せたいだろうか。そうした人がボランティアに対して浮かべる表情の微妙さというものはあると思う。それに捉われずにこれたのは5年で東北に延べ半年支援活動で過ごした中での人々との関わりのお陰だった。被災者とボランティアという関係性ではなく、被災地でのあなたと僕と思えたからではないか。
思えば仙台には仕事で半年いたが、気仙沼には2016年以来足を踏み入れていない。後輩が現地に行った話を聞くと羨ましい気持ちもする。だがこのコロナ禍では軽々に行くわけにもいかないだろう。ましてや支援活動となるとよりハードルは高い。それでも目に浮かんだり、耳にこだまする声はある。車の助手席で聞いた「ここに家があったんだよ」という言葉や原発事故の話をしてくれたお母さんの表情。これからも体のどこかに残る気はしている。