人生の分岐点

わたちゃん30代男性

震災時居住地:福島県福島市

現居住地:宮城県伊具郡丸森町

タグ: 宮城 福島 津波 原発事故

発災時、福島大学の3回生でした。大学が避難所になり、最大で120人くらいが避難してきました。阪神淡路の時に、京都市社協にいた方が先生にいて、震災があったからといって我慢する必要はないとおっしゃりました。学生で団体を作り、避難所でも、普段の生活と同じ暖かいものを食べていただけるよう、カセットコンロを持ち寄って食事を作ったりしました。
避難所の運営から、仮設住宅の支援、避難指示が解除された田村や小高などの活動にも参加し、震災と関わってきました。あの日を境に、大学生活も人生も変わりました。今は、地域おこし協力隊として丸森にいます。震災がなければ絶対になかった選択肢です。
支援活動の中で、居酒屋をやっていた浪江の方の話を聞きました。その方は、たわいもない話ができる場、人がにぎやかに集まる場、悩みを吐き出せる場として、居酒屋をやっていたそうです。私も同じ思いで、丸森町で、食を提供したり、飲みに来たり、人が集まる場の運営に関わっています。
世の中やメディアは、区切りよく、10年といっていますが、10年たったから、何かが終わったり、区切りになるのではなく、地域の方々にとっては切れ目なく、続いていくことだと思っています。