出会えてよかった

ナタリー30代女性

震災時居住地:宮城県柴田郡村田町

現居住地:宮城県柴田郡村田町

タグ: 宮城 津波

あの日は、村田町の実家にいました。20日間、ライフラインが止まって、電気がなくて、テレビも見れず、ゲームもできなくなりました。日が昇ったら、起きて、日が沈んだら寝る、自然のサイクルで生活していたら、みるみる健康になっていったのを覚えています。
内陸部にはなかなか支援物資が届かず、買い物もできず、食べ物を探すのに困りました。
NPOを立ち上げて、支援活動を始めたけど、支援者として出会った住民の方々が、被災者ではなく友達になり、支援者ではなく友人として付き合うようになりました。
10年目にして、たくさんいる被災者の話ではなく、大切な友達の話として、東日本大震災があるようになり、震災のことを見聞きするのが年々辛くなっています。
仲良くなったからこそ、その悲しみの深さが深くなる。
辛い経験をした人にとっては、その経験を乗り越えることなどできず、あかちゃんを抱えるようにずっと身近に一緒にある感情なんだと思います。
悲しみに沈むことも、頑張る原動力にもなる。それが震災の経験であり記憶だと思います。
自分の大事な人たちが抱えている壮絶な経験を、わかちあうことはできないかもしれないけど、友達として、ただ一緒にいたいです。