10年経っても話せるようにはならない

鈴木美紀50代女性

震災時居住地:仙台市若林区

現居住地:仙台市若林区

タグ: 宮城 地震

大震災後、阪神淡路大震災のオーラルヒストリー活動を続けている団体の代表から「10年経ってやっと話ができる人もいるのです」と聞き、そうなのかなと不思議でした。

私は写真、動画、被災後初めて取った食事の記録等を通して震災をアーカイブする活動に参加しました。そんな活動をしているのに、10年をむかえようとしている今、心にしまい込んだ感情やさまざまな記憶を話すことはできず、こだわりや、怒りとなって小出しに表出することがあります。まさに代表の言葉を実体験として認識しています。

震災後、支援団体のスタッフから「内陸部の住民であっても同じ震度7の震災被災者なんだよ」と言われ、自分が被災者なんだと初めて気づきました。頭でわかっていても、被害が甚大な地域の方を思うと今も口を開いてはいけない気持ちになります。話ができるようになるまでまだ時間が必要なのかもしれません。

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