忘れられないあの日の想い

ささい40代男性

震災時居住地:東京都板橋区

現居住地:長野県長野市

タグ: 岩手 宮城 福島 地震 津波 原発事故

あの日、あの時、自分と家族に福島で起きている危機が直ぐそこまで迫っているとは露にも思いませんでした。
いまだにぞっとします。それは原発。

14時46分以降続いた揺れだけでなく、約30分後に来た津波の第1波のテレビ中継をリアルに見た衝撃、都心の混乱だけでなく
国難というより、国が消滅するかもしれない事態が、天災という枠を超えて、原発という人災として身近に迫っていることを
その当時感じ取れてなかった視野の狭さ、情報入手の困難さにぞっとしています。

絶対に忘れられない3月11日、自分は忘れなくても、周りや子供に伝えなくてはならないあの日、あの時の自分の振る舞いと気持ち
周りの人々の振る舞い。

あれが特異なことだったのではなく、これから起こりえることのきっかけになったという覚悟、自覚が大切。
自身を守る、身近な人を守る、だけでなく、周りの人を助ける余裕が、いざという時に発揮できるよう、少しずつ準備をすることと
それを伝承することが大切。

自身の実体験、見たことだけでなく、発災後に入った被災地宮城県、岩手県で見た、直ぐ最近まであったであろう、人の営みの
生々しいあとを見た時の気持ち、思い出の品だったであろう持ち主の笑顔が写った写真がヘドロまみれになり散乱し、だれも
気にしてられず放置されているあっけなさ、大切な家族が全員無事であった人々はごく一部だったという事実、理不尽さを忘れない。

台風19号でまた似たような光景を間近に見た。潮のヘドロとは違ったが、ヘドロは異常に重い。
でも被災した方はもっと重いものを背負わなくてはならない。

ここまで見させて貰ってきたのだから、明日は自分かも知れない。という覚悟を持って、一人の人間として、減災への行動を
起こそうと決意を新たにしました。