趣味を生きがいに、楽しく生きる

糟谷節子80代〜女性

震災時居住地:宮城県宮城郡七ヶ浜町

現居住地:宮城県宮城郡七ヶ浜町

タグ: 宮城 津波

震災前までお店をやっていました。道路の向かい側は、漁船が停泊する海。あの日、私はチリ地震の津波を経験しているので、地震が来たら津波が来ると思い、前日に通院してもらったばかりの薬と通帳や現金などまとめておいたものを持って、とにかく逃げました。津波で破壊された店の写真は、額に入れて今も茶の間に置いてあります。嫁に来てから店を建て替え、子育てしながら一所懸命切り盛りした店です。土地を手放すのは悔しくて子ども達にも相談しましたが、結局、最後は売りました。

震災の翌年、避難所に、編み物を教えに来てくれたのがきっかけで、好きな編み物を続けています。高等女学校を卒業して、洋裁2年間、和裁1年間を身に付けさせてくれた親には本当に感謝しています。これが無ければ、私はどうなっていただろうと思います。今も週1回の編み物に通い、テーブルクロスやソファカバー、帽子やベストを編んでは、プレゼントし、喜んでもらえると私も嬉しいです。他にも花を育てたり、料理をしたりしています。この頃は足腰が利かず外出もままなりませんが、一人暮らしの私を子ども達や孫がいつも気にかけてくれているので、幸せだと思っています。

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