生き方が変わりました

うっしー60代男性

震災時居住地:神奈川県

現居住地:神奈川県

タグ: 宮城 広域避難(原発事故を原因とし福島及び福島以外から広域に避難されている方)

あの時、自分は会議のため飯田橋のビルの12階におり、災害支援経験者の集まりのためか誰一人あわてることなく、入口を確保して揺れがおさまるまでじっとしていました。
その後、その会議は終了になり、12階から非常階段で1階へ。自分は5階の東社協事務局へ行き、電話をかけること数回でやっと通じ安全確保を確認。都内の交通機関は全て止まっており、母が渋谷にいることがわかり世田谷の妹のところへ行くと。夕方まで東社協にいてテレビでお台場の火事や東北の状況の一部を見て後にし、新宿駅向けて歩き出した。結果、京王線は夜10時に一部復旧したが自宅に着いたのは深夜2時過ぎ。付近は停電していた。すぐに、車で都内に戻り、職場にいる彼女を迎えに。朝6時過ぎに到着した。
次の日から、チーム国分寺を市内の福祉施設と結成し、現地への派遣を決定した。4月に仙台市荒浜や石巻、気仙沼、そして陸前高田で見た光景は決して忘れない。何度となく宮城県へ通う日々が始まり、そこで知り合った仲間とは今も被災地で顔を合わせることになった。あの時から、生きることの価値観が180度変わった。阪神淡路大震災も中越地震も行ったが、津波の凄まじさはすごい