津波太郎と揶揄された田老で取り組んできた大津波からの復興伝承

大棒秀一60代男性

震災時居住地:東京都

現居住地:岩手県宮古市

タグ: 岩手 津波

津波太郎とは、「津波太郎(田老)」という名称が町に冠せられたほどで、潰滅的打撃を受けた田老は、人の住むのに不適当な危険きわまりない場所と言われたほどだった。(吉村昭著『三陸海岸大津波』1970年)因みに明治三陸大津波(1896年)では、羅災生存者 36 名(死亡率98%)であった。そんな地に防浪提を作って営みを続ける田老の先人を揶揄して付けられた呼称。
先人の津波防災の取り組みを東日本大震災の復興まちづくりに携わる中で再認識して、この取り組みを伝え、つなげるのがこの地で育ったものの使命との思いから、東日本大震災の集中復興期間が経過したのを機に、NPO設立当初の名称「立ち上がるぞ!宮古市田老」から「津波太郎」に名所変更し、田老の津波防災・減災への先人の取り組みと東日本大震災からの復興防災まちづくりを併せて伝承して未来につなぐ活動を行っています。
記録としてはっきりわかる近代に発災した明治、昭和、平成の大津波による壊滅的な被害からの田老の復興防災まちづくりの取り組みを伝え、津波防災・減災の変遷を伝え「津波防災の聖地」をキャッチフレーズに世界の津波防災・減災、風化防止に取り組んでまいります。

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