避難

小山 裕40代男性

震災時居住地:岩手県

タグ: 岩手 津波

2011年3月11日、地震の時、私は岩手県の海に近い場所で仕事をしていました。当時は2月にも大きな地震があり、津波警報もでましたが数センチの津波で済んだため心配もしていませんでした。そこから避難もしませんでした。しかし、それは間違えでした。職場が鉄筋の3階建てだったので運良く助かりましたが、職場の2階付近を突き抜ける濁流を見た時は愕然としました。これが津波なのかと思いました。明朝、津波が引いた後、職場の2階から脱出し見た光景は凄惨なものでした。家が潰れ、電柱は折れ、車はいろいろな所で引っ繰り返っている、避難所まで行く道も似たようなもの。と言うより道はありませんでした。倒壊した家々を登り、車を登り、避難所まで行きました。いつもであれば10分も掛からない場所。そこまで30分以上掛かりました。私は、10分普通に歩けば到達する場所に避難しなかったのです。「津波てんでんこ」という言葉は震災後に知りましたが、まさにその通りです。何もふざけて津波警報を出す訳はありません。警報が間違いでもいいのです。地震が来て、津波警報が出たら、各々が一刻も早く逃げることが大事です。命より大切なものはありませんから。

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