生き延びるための期間 ~妻の言葉と避難所の焚火の炎~

芳賀正彦70代男性

震災時居住地:岩手県

現居住地:岩手県上閉伊郡大槌町(出身地:福岡県糸島市)

タグ: 岩手 津波

大津波が退いた後、私と妻は我家の前に立ちました。私は妻に言いました。「もうこの家には住めぬ、この町では暮らせぬ、九州に帰ろう!」と。妻は言いました。「私はこの家にもう一度住みたい。爺婆や父母のように、この家で仏様を守りながら生きていきたいです。」と。あの時私は、負け犬として尻尾まいてこの町を逃げ出そうとした、弱くてつまらぬ男だったのです。
眠れぬ夜が、その日から始まりました。避難所の片隅で、焚火が終日燃えていました。真夜中、私はその焚火の前で項垂れていました。他に成す術がなかったのです。何時間もその炎を見続けていると、心が鎮まるのを実感しました。その中で私は、多くの大切な事に気が付きました。
全ての物を失った今、もう無くすものはない。怖いものもない。俺はもう被災者であってはならぬ。この町を被災地とは思うまい。津波で犠牲になられた方々の、苦しみ悲しみを背負い続けて生きていこう。焚火の炎は、私をそう諭してくれました。
大津波は、私たちを捨てた神かも知れません。しかし、あの時の妻の言葉と焚火の炎は、私を掬い上げ拾ってくれた神様です。

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