「子どもたちが暮らし続けたいと思えるふるさとを目指して」

中村一郎(三陸鉄道㈱)60代男性

震災時居住地:岩手県釜石市

現居住地:岩手県宮古市

タグ: 岩手 津波

10年前の3月11日、県職員だった私は、釜石市で勤務しており、海に近いホテルに車で向かっていた。激しい揺れが収まった後、ホテルに到着、予定していたセミナーの関係者に避難するように伝え、私も庁舎に戻るため、公用車に乗った。
しかし、避難する人たちの車で道路が渋滞し、なかなか進まない。裏道を通り、何とか渋滞を抜けることができた。渋滞でそこに留まっていれば、津波に巻き込まれた可能性が高いと、後から言われた。人の生死を分ける境目は紙一重だと改めて思った。
今朝、挨拶した人と、もう会えなくなる。昨日まで続いていた日常が、突然無くなってしまう。
もし、最後だと分かっていたなら・・・。そう考えると、今日会うすべての人、すべてのものが掛け替えのない、愛しいものに感じられる。
10年が経過し、順調に復興している方とそうでない方の差がはっきり見えてきている。
「復興」に終わりはない。災害公営住宅、道路、防潮堤などのハードの復興事業はほぼ完了した。だが、被災者のこころの復興やなりわいの復興には、息の長い取組が必要だ。
子どもたちが、大人になっても暮らし続けたいと思えるような、そんな「ふるさと」をみんなでつくっていきたい。

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