10年目にして思う

阿部美紀50代女性

震災時居住地:宮城県宮城郡七ヶ浜町

現居住地:宮城県宮城郡七ヶ浜町

タグ: 宮城 地震 津波

東日本大震災が起こる前、遠からず宮城県沖地震クラスの揺れが起きるといわれていた。小学生の頃に経験したあの地震は、建物やブロック塀の倒壊、地滑りによる被害の記憶。津波はというと、海に囲まれた町に住みながらもどこか他人事。震災の前年に起きたチリ地震津波もそうだ。騒がれたほどの被害がなかった事で、高を括ってしまったのではないか。幸い中の不幸だったように思う。

そして、想像を絶した天災が起きてしまった。幸い家族も自宅も無事だったが、後で自分の行動を振り返るとかなり危うかった。ほんのわずかな差で、子ども達を乗せた車ごと津波に呑まれたかもしれなかったのだ。

その後、地元のボランティアセンターを手伝ううちに被災者支援の仕事に携わった。本当にどれだけの人たちと出会っただろうか。全国全世界から大勢の人々が、この小さな町を支援しに来てくれた事にただただ驚くばかりだった。辛い事も楽しい事も背中合わせの毎日がフルスピードで過ぎて行った。

自分は被災した人達の気持ちを想像することしかできない。そんな申し訳なさを抱えた10年だった。私もあの震災の被災者であったのだと、今、ようやく思えるようになった。