何も要らない、と言っていた方からリクエストされた『口紅』

横澤京子50代女性

タグ: 岩手 津波

あの日は、街づくりのための講座を開催していました。すぐ隣が、避難所に指定されていた公園だったので、参加者の皆さんと一緒に避難しました。そこから町が津波に飲み込まれていく様子をみていました。未だにその公園へは行けません。翌々日に、三陸鉄道の線路の枕木を頼りに一時間半かけて、自宅まで歩きました。たくさんの人が歩いていました。ある人が時々携帯の電源を懐中電灯代わりにあててくれたりしていましたが、みんな無言で必死に歩いていました。あの時の、砂利の音と真っ暗な光景は今でも忘れられませんね。

その後、避難所の手伝いや支援物資を届けるなどの活動に入りました。市街地から離れた集落で、支援物資のヒアリングをしていたのですが、そこの方々は「何にも要らない」と、逆にお漬物やお茶を出してくれるんです。数か月はおしゃべりするだけだったのですが、ある日「口紅が欲しい」と言ってくれたんです。お好きな色を選べるように、様々な色を揃えていきました。口紅を選ぶときのおばちゃんたちの嬉しそうな顔・・・。人としての基本的な欲求から、ようやくこの段階にきたんだな、と嬉しく思ったことを覚えています。

釜石のNPOだからできたこと、ありがとうの言葉に支えてもらったこと、復興支援に取り組む他地域の仲間との学びあい・・・。人との繋がり、互いを思いあう気持ちに支えられての10年だったと感じています。

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