リレー

50代男性

タグ: 宮城

ボランティアから「おいしい」と絶賛されて、海産物販売の起業をした女性がいる。支援を受けた恩返しをしたいとパンの製造販売を始めた人がいる。がれきを片付ける人々の姿に「加わりたい」と思った当時の小学生は今、災害公営住宅で高齢者相手の活動を始めた。東日本大震災で全国から駆けつけた人たちは、地元に多くの行動変容をもたらした。

現地では今も、素晴らしい変容が続いている。例えば宮城県石巻市。人見知りの子どもを抱え、不安に駆られながら母子が集うイベントに参加した母親は「泣いても大丈夫!来ただけでも花丸!」と励まされ、今はスタッフとして「孤育て」に悩む母親に寄り添う側になった。知人に買い物の運転送迎をしてもらってきた高齢女性は、新型コロナウイルスを受けて知人にマスクをプレゼントした。仮設住宅でボランティアのお兄さん、お姉さんにたっぷり遊んでもらった子どもが、団体スタッフとして子どもと向き合うようになった。

被災地に入ったさまざまな思いから、各地で「ありがとう」のリレーが始まった。「支援する」「される」にとどまらない豊かな関係が、「何かやってみよう」という人々の力を引き出した。

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