ごめんなさい

栗田暢之50代男性

震災時居住地:愛知県名古屋市

現居住地:岐阜県瑞穂市

震災前、東北各地でお話をさせていただく機会があったにも拘らず、津波より揺れのこと、災害ボランティアのことばかりだった。孫の帰宅を待って犠牲となった祖父に「私は自分で逃げる。じいちゃんも逃げて」と話しておかなかった悔いを語る当時小学校6年生の若者の話を聞いた。何に増しても、いのちに関するあらゆる懸念を伝えることが最優先であった。

震災前、阪神・淡路大震災をはじめとするボランティア活動を基に、それなりの経験知とネットワークを得ているつもりになっていた。現実は途方に暮れただけで、まったくの力不足。「やるしかないでしょ」との現地の悲鳴にほだされ、無い知恵絞って奮闘するも、結局どれも中途半端。そして次の巨大地震は近いと言われている。

震災前、もっと原発を学んでおくべきだった。今も翻弄され続ける人たちの「人生を返して」という切実な叫び、「なかったことにされるのが一番悔しい」と言わしめる社会の風化、それに手をこまねいている自分。

本当にごめんなさい。
「10年は通過点」は、僕にとっては単なる言い訳に過ぎない。せめてもうしばらく、否、いのちある限り、震災と向き合い続けることが、せめてものつぐない。