ずっと言いたかった、ありがとうの言葉

かなママ40代女性

震災時居住地:宮城県岩沼市

現居住地:宮城県岩沼市

タグ: 宮城 地震 原発事故 津波

宮城県沿岸部で自宅が津波被害にあいました。
夫婦とも30代、子供もまだ幼稚園児と赤ちゃんで
途方にくれ、怯え迷い、必死な毎日でした。
実家は気仙沼で、1人暮らしていた母も被災しており、毎日心配で心配で。とにかく必死でした。必死すぎて、たくさんの方に助けられた事をきちんと受け止められていなかったと思います。
子供の幼稚園用に誰かが縫ってくれたお道具袋や巾着や、それを届けてくれた人、食料や衣料品の数々を送ってくれたメーカーや、配送業の方、荷受けして、温かく配布してくださったボランティアの方々。遠方の見も知らない人のために募金してくれた、日本を始め世界中の人達。
想像できないほどの多くの人達に助けられていたんですね。その皆さん、一人一人に会ってお礼を伝えられずもどかしい思いです。
10年経って、あの頃に伝えられなかった感謝の気持ちを、こちらに書かせていただこうと思います。
ありがとうございました。皆様のお陰で、元気に暮らせています。頂いたご恩はこれから先、色々なところでできる限りお返ししていきます。
1人でも多くの方に、この気持ちが届きますように。

ことばを送る

「3.11から10年となる、いま思うこと」について、あなたの声をお聞かせください。