それぞれの10年

それぞれの10年 フク子

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 震災後、私達は家族7人で浪江町から避難して来た。翌々日には東京に着いていて、それからの10年は本当に早く感じた。当時、高校2年生だった息子も今では後輩もいる社会人となり、その分、私達夫婦や義両親も10歳としをとった。特に義両親は急に老いを感じる様になったと思ったら、義母はデイサービスを利用する様になり、昨年も自宅で転倒し年末まで入院するなど、今まで何度か入退院をくり返している。浪江に住んで居た頃の義母は、おしゃれを楽しみ自分で車を運転し、近所の友人を乗せて出かけていた姿が遠い昔のようだ。そんな社協的だった義母ですら、住環境が変わる事に、上手く対応する事が出来なかったのであろう。避難して来た頃は「福島に帰りたい」が口ぐせだったが、今では「浪江は良かった」とは言うものの帰りたいと口にする事も無くなり、年に何度かの墓まいりの帰省にも行きたがらなくなってしまった。義両親の兄弟が元気なうちに・・と思っても、それすら難しい事になってしまった。

 たかが10年、されど10年、本当に年代によっても全く違う10年になってしまう。有難い事に私は、外に出ていけるし、まだ仕事を続けられる年齢なので、気を紛らわしたり、気分転換しながら生活する事が出来ている。しかし、今後も何があるかは分からない。その時、その年代になった私は、どんな対応が出来るか頭の片隅に置きながらも、今を精一杯、楽しみながら生きていたいと思う。