あの日から十年ボランティアの一人

あの日から十年ボランティアの一人  広瀬

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東京に住んでいた。私も、一瞬テレビに、つかまり動けませんでした。テレビで見ると水の流れが家を流し、車を流し 現実の、今の現状かを信じられませんでした。地域の役員をしていましたので、私に出来る事は、何でも手伝いたいとの心で、主人と一緒に動きました。大勢の人々が、団地に来られました。皆さん、持ち物は、ビニール袋に、小さな物が入っている姿でした。自治会も力を合せ助けることに力を合せて動き、必要な物資をまず、生活用品を集めました。小さな赤ちゃんも居て、オムツ、ミルク、など、買いもとめてあげました。もし、私に、この立場だったらと思うと助けたい気持でいっぱいでした。東北の人々は、強いと感じました。負けては居られないと、日々明るく、前向きに生活を始めました。自治会も、この団地の会員と一緒に、乗越えようと力を合せて守りました。一年が経ち各人も老若男女も、生活を大事に、仲よく支えあえる住民とクラブ、Gなどに入り、一日を楽しくすごせる時間も作れるようになりうれしく思った事は、私も、忘れません。お若い人、人々は、ふる里へ戻る人、又兄弟の人、生活する人など、これからの人生を送る道を決めて、お別れした大勢の方の絆を、大事に、今も交流を深めております。この震災がなければ、出逢いはなかった方々に、人間として、何が一番大切なのかを学び、人には人が、励まし、力になることを学んだように、思います。十年が過ぎ、今は、世界中でコロナ禍と斗い、尊い命も亡し、悲しい歴史を考えないことはありません。でも、生きている、私たちは、前を向き、それぞれの、立場で生命を第一に大切にして、世の中の為に、生きる、希望を持って、使命を渡スことが、人間として生れた、生る道だと思います。誰れかの為にと今日も元気に働ける人でありたい。