あれから十年  三・一一

あれから十年  三・一一

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 地震津波閖上の町は消えてしまいました

私は認知症の夫とネコをかついで中学校へ逃げました  学校へついたら津波はきてました。いそいで三階まで上がりほっとしたが波は二階まで来て多くの方が亡くなりました

水はこわいですねあっと云うまでした。

ちょっと遅かったら今の私はいませんこわい妹と連絡が取れず、たくさんの友達もなくなりつらい毎日を過ごしました。

外は雪が降って来て電気もなく暗い所で一夜を過ごしました

明く朝早く自衛隊の方が来て町の学校への移動が始まりました。 私達は最後になり暗くなってしまいました。パンと牛乳を頂き一夜を過ごしました。翌朝早く自衛隊の方が朝食作ってくれました。二日ぶりのご飯とみそ汁です涙がこぼれました。ありがとうございました。それから夫の徘徊が始まりました。皆さんに迷惑かけて来ました。ネコは水も飲まずエサも食べず三日後に亡くなりました。

七月になって仮設に入る事が出来ました。四畳半が二コ六畳の台所で住みごこちは良かったです。夫は相変わらず徘徊をして仮設の方につれて来てもらってました警察の世話になったり大変でした。仮設ではいろんなイベントがあり楽しませてくれてます コニシキさんやAKB48の方が歌って踊って楽しい一時を過ごしました楽しかった 夫はある日自転車に乗ってころびそれが原因で寝たきりになり介護が始まります。エアーマットを借り介護士さんの世話になりの生活が始まります

外出する時は仮設の方にお願いしてました。

十二月に入ってから熱を出して病院に入院し次の朝亡くなりました七十六才でした。七ヶ月の介護でした私も疲れましたそれから一年一人で暮しました。娘に川崎で一緒に暮そうと云はれて現在に至ってます。今は幸せに暮しております。

     ありがとうございました。